温室に行ったときなど,壁や樹の幹から 二又に幾度も分岐した葉を垂れ下げる風変わりな植物を見かけたことはありませんか?光の差し込み具合によって微妙に銀白色に光るその姿には,だれもがエキゾチックな感動を覚えたはずです.これがビカクシダ.着生シダの一種です.

[なぜビカクシダと呼ばれているの?]
鹿の角  和名“ビカクシダ”は漢字で“麋角羊歯”と書き,幾度も二又する葉を麋(ビ)の角に例えたものです.この“ビ”とは麒麟(キリン)と同じように中国に古くから伝わる空想上の動物のことで,その姿は「大きなシカのようだ」と伝えられています.一方,(2016/05/05:伝聞による解釈でソース無しのため削除) 英語では Staghorn Fern, Elkhorn Fernと呼ばれ,そのままシカの角に形容されています.学名(属名)は Platycerium(プラティケリウムと発音するのが一般的.プラティセリウムとも呼ばれることもある)と表記され,ラテン語で プラティス(平たい) + ケラス(角)から派生したものです.いずれにしろこの植物には雄雄しい動物のイメージが似合うようです.
 日本ではほかにもコウモリランと呼ぶ場合もあります.これは,垂れ下がる葉を羽ばたくコウモリに例えたものだろうと思われます.それにしても,蘭ではないのに“???ラン”のように名づけられるものの“ラン”っていったい何なんでしょうね?たくさんありますよね.

右の写真:左の逆さまにした写真のビカクシダは,わがいとしのウィリンキー1号.右は雄のエゾシカです.どうですか?こうして比べてみるとそっくりでしょ!? さらにさらに,生えてきたばかりのシカの角は“角袋”というビロード状の組織で覆われてるわけですが,ビカクシダも葉の表面・裏面は白い毛に覆われており,やはりビロードのようです.何から何までそっくり!?


ちなみに植物学的な分類は
 羊歯植物門(Pteridophyta)
  薄嚢しだ類亜網(Leptosporangiatae)
   しだ目(Filicales)
    うらぼし科(Polypodiaceae)
     ビカクシダ属(Platycerium) となります*1.


注*1 原色牧野植物大図鑑を参照.


[ビカクシダの体のしくみは?]

胞子葉
 緑色をしていて長く前面に伸び出ている葉です.成熟した株の胞子葉の後ろには,その種類によって特徴的な場所に胞子嚢群が現れます.また多くの種類では表面裏面が白い毛に覆われています.この毛を虫眼鏡などで拡大して観察すると,数本の細かい毛が中心から四方に伸びる姿が観察できますが,そのかたちから星状毛と呼ばれます.この星状は,光を反射することで強力な日光から葉を保護したり,過剰な水分の蒸散を防いだり,ときには害虫から葉を守るといった役割をになっています.
 生育する環境にもよりますが,胞子葉の寿命はふつう数ヶ月〜2,3年程度で,寿命が近づくと急速に黄色く変色しやがて葉の付け根からポロリとぬけ落ちます.
※実葉,繁殖葉,普通葉と呼ばれる場合もあります.

貯水葉
 左図において茶色の葉です.伸び始めは胞子葉と同じく緑色をしていますが,伸長が完了するとしだいに枯死し茶色に変色します.表面にはやはり星状毛が存在します. 枯死した貯水葉の断面構造はスポンジによく似ていて水分を保持する機能があり,長期にわたって雨が降らないときなどは,貯水葉のなかに伸びた根から確保されている水分を吸収して株全体が枯れるのを防ぐ仕組みになっています.
 また,ビカクシダは着生植物のなかでも比較的大型で,また品種によっては子株を出して盛んに増殖するものもあります.ですから成長した株やクランプになったビカクシダの重量は相当なものになります.実は樹幹を包み込む貯水葉は,巨体を幹に着生させる支えになる役割もあるのです.さらに,多くの種類では貯水葉の上部がロート状に広がりますが,これは上から落ちてくる虫の死骸・落ち葉・鳥の糞などをかき集めるためです.そうしてかき集められた有機物はやがて腐食・分解され株の養分となるのです.
 さて,貯水葉の運命はというと,枯れた後に胞子葉のように剥がれ落ちることがなく,やがて細菌によって腐食・分解され,株自身の養分になったり,根が成長する媒地になったりします.
 このように,胞子葉に比べて地味に見える胞子葉は,草体のなかでも中心的な存在で,生きていく上でたいへん重要な器官なのです.
※泥よけ葉,栄養葉,外套葉,落ち葉止め葉などと呼ばれる場合もあります.


 すべてはココから始まります.1つの株につき1つの芽しかありませんから,子株を出さない種類(「現在原種18種です」参照)においては,芽に対するダメージは将来の株の生存に関わる大問題になります.もし何らかの理由で芽が欠けてしまった場合,全ての胞子葉が落葉したのち,株自身が枯れるのを待つばかりとなってしまいます.
 芽の大きさは種類によって異なるのですが,割りばしの先ぐらいの大きさから,大型種ではほんとに親指の先ほどのドッシリした大きさまでさまざま.


 身近な植物で例えるとしたらシノブ(Davallia mariesii)の鱗片に覆われた茎のようなものを考えてもらえればよいでしょうか.ビカクシダでは貯水葉によってすぐに覆われてしまうのでめったにお目にかかれません.
 P.coronarium や P.ridleyi などの種類によっては茎が枝分かれします.


 茎から根が出ます.茶色の毛根がたくさん生えている普通のシダの根です.根は古い貯水葉の隙間に伸びたり,貯水葉がかき集めて腐食してできた堆積物の中に伸びたりします.また,ビカクシダは着生種なので,樹幹や岩などに自分の体をしがみつかせる役割も担っています.
 P.bifurcatum,P.veitchii...などいくつかの種類では,根の先端に不定芽を発生させて栄養繁殖します.


[ビカクシダの故郷と生活場所]
 原産地は東南アジア・オセアニア・アフリカ・南米で,世界の熱帯地方に広く分布しています(下図参照).

 多くのビカクシダ原生地にははっきりとした乾季と雨季があります. 一般的に乾季の特徴は「雨量の減少と気温の上昇」,雨季の特徴は「雨量の増加と気温の低下(といっても暑いことに変わりはありませんが)」です. 地域によってもかなり変わるので一概に説明するのは難しいのですが, 乾季では数十日間も雨が降らず,気温は40度Cにまで上昇する日が続き, 一方雨季には,日に幾度となくスコール(日本の"激しい夕立ち"のさらに数倍程度の規模)がくるような日が続くのです. このような極端で厳しい環境で生き残るためにビカクシダは上記のような特徴のある体へと進化したと考えられています. すなわち,雨季に盛んに胞子葉を伸ばして子孫を残すための準備をし,また貯水葉を伸ばして養分や水分を体に蓄え乾季に備えるのです.

 日本の一般的な家庭での栽培環境においては,春〜夏〜秋を雨季,秋〜冬〜春を乾季と考えるとビカクシダの生活リズムに沿った 自然な生育を期待することができます.密集した市街地など「夏は熱帯地方以上の高温」「冬は温暖」といった地域では,真夏と真冬を乾季, 春〜初夏,晩夏〜初冬を雨季として捉えて栽培するとよいように思います.気密性や保温性の性能が向上した住宅では通年成長も可能ですが, 一年中成長させているとやはり株の勢いが衰えることがあります.栽培技術で補うことはできるものの,やはりビカクシダの出身地を考えて 成長サイクルにもメリハリをつけてあげたほうが機嫌がよいようですね.


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